フランスの新聞社襲撃事件から「表現の自由」の二面性を考える-サイード『イスラム報道』を読み返す
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フランスの新聞社襲撃事件から「表現の自由」の二面性を考える-サイード『イスラム報道』を読み返す

2015年01月09日(金)9:42 PM

 1月7日、パリで新聞社シャルリー・エブドが自動小銃をもつ2人組の男に襲撃され、編集者ら12人が銃殺されました。8日、フランス内務省は犯人をアルジェリア系のクアシ兄弟と断定。2人は過去にイラクへ戦闘員を送ったことで逮捕されており、当局からマークされていました。また、イスラーム国との関係も報告されています。逃走を手助けした男が自首したものの、2人はフランス北東部を逃亡。9日には、警察との間で銃撃戦に発展しました。

 

 丸腰の民間人を一方的に殺傷することは、決して許されることではありません。

 

 その一方で、今回の事件では、「表現の自由」と「宗教の尊厳」をいかに扱うかが、改めて争点として浮上しました。

 

 広く伝えられているように、襲撃を受けたシャルリー・エブド社は風刺が売り物で、過去にもイスラームの預言者ムハンマドを揶揄するような風刺画を掲載し、物議を醸したことがあります。対テロ戦争なかでもイスラーム国の影響や、ヨーロッパで広がる反移民感情など、様々な背景があるにせよ、一連の風刺画に対する反発が、今回の事件の直接的な理由とみて、ほぼ間違いないでしょう。

 

 事件を受けて、フランスだけでなく米国や英国でも、事件を非難し、表現や報道の自由を守ることを訴えるデモが起こりました。同紙はイスラームだけでなく、キリスト教やユダヤ教、フランス政府、外国政府なども風刺の対象にしてきましたが、これまでに脅迫や警告を受けながらも、あらゆる権威、権力への風刺を貫こうとしました。2009年から発行人を務め、今回銃殺されたステファン・シャルボニエ氏によると、「ひざまずいて生きるより、立ったまま死んだ方がいい」。

 

 しかし、フランスだけでなく、欧米諸国ではこれまでにも度々、表現の自由と宗教なかでもイスラームの尊厳が摩擦を引き起こしてきました。2012年に米国で作成された映画”Innocent Muslim”がイスラームを冒涜していると批判を呼び、イスラーム圏諸国で大規模な抗議デモが発生したことは、記憶に新しいところです。

表現の自由の二面性

 洋の東西を問わず、風刺は権威や権力の前で異議申し立ての機会をもたず、ひたすら支配を受け入れることを求められる人々の間で、罪に問われるか問われないかのギリギリのラインの、ささやかな抵抗として発達しました。日本でも、有名なところでは、江戸時代の寛政年間に、老中・松平定信のあまりにも厳格な倹約令に不満を募らせた江戸庶民の間で、「白河の 清きに魚の すみかねて もとの濁りの 田沼こひしき」という狂歌が流行しました。これに象徴されるように、風刺はユーモアやウィットをもって、直接的にではなく間接的に権威・権力を揶揄することで、「憂さを晴らす」ものとして発達したのです。

 

 ただし、近代以前ほとんどの国で権威・権力に対する風刺は規制の対象でした。近代民主主義の母国である英国で、議会制度が確立しつつあった1694年に、それまで規制の対象だった新聞への検閲が廃止されたことは、「表現の自由」が制度化されたものといえます。これらに鑑みれば、「表現の自由」には、権威・権力をもたない「弱者の保護」としての側面があるといえるでしょう。

ただし、あらゆる原理には二面性があります。総じて自由の原理からは、「一方的な支配を拒絶する」ことから「強者の支配から弱者を解放する」という思考が導き出せる一方、「規制をかけない」ことで「既に力をもつ強者の支配を許す」という思考をも導き出すことができます。これに関して、「表現の自由」も同様です。時に「支配される弱者からの異議申し立てを保障する原理」となる表現の自由は、別のシーンにおいては、「支配的な立場の強者が情報やイメージを通じて支配を強化する原理」にもなり得るのです。

 

 パレスチナ出身で、米国ハーバード大学やプリンストン大学で活動したエドワード・サイードは、『オリエンタリズム』(1978)で、近代以降の欧米諸国における絵画、演劇、小説などのメディアや、文学、社会学をはじめとする学問が、「我々」(西洋)と対置する形で「彼ら」(東洋)を捉え、なかでも「イスラーム」に関して(西洋と対照的という意味で)野蛮、残虐、暴力的といったイメージを再生産し、実際の政治的、経済的、軍事的な支配-従属関係を強化する役割を果たしてきたと喝破しました。言い換えると、メディアなどを通じて流布するイスラームのネガティブなイメージは、翻って欧米諸国のポジティブなイメージにつながり、これによって後者が前者に対して実際にもっている優位を固定化する役割を果たしてきたというのです。

 

 近代初頭、英国の哲学者フランシス・ベーコン(1561-1626)は「知は力なり」と断じました。知識、情報、認識枠組み(視座)、課題設定(アジェンダ・セッティング)などを司る力は、全体に対する影響力につながります。それが政府でなく、民間メディアによって提供されるものであっても、基本的には同じです。サイードによると、「アメリカの大半のジャーナリストは自分の会社がアメリカの権力への参加者であることを潜在的に意識して世界のことを報道し、その権力が外国の脅威にさらされると、報道の独立は後退し、忠誠愛国や単純な国家的一体感を暗にうたいあげるものになることがしばしばである」(サイード, 1996, 『イスラム報道』, みすず書房, p.74.)この観点から「表現の自由」を振り返ると、それによって誰もが情報発信の権利を保障される一方で、情報発信能力に長けた者の「ものの見方」が影響力を拡大させることを促すことにも結びつくといえるでしょう。

国際的な「知の格差」

 それは特に、国際的なイメージ形成において顕著です。冷戦終結後、欧米諸国は世界的に、報道の自由、表現の自由を含む人権保護を求めるようになりました。それが多くの開発途上国でローカルメディアの活性化や政権批判をともなう意見表明を促したことは確かです。

 

 ただし、その一方で、知識、情報、認識枠組みなどを伝達する巨大マスメディアは、基本的に欧米諸国に偏在しています。その結果、多くの開発途上国のメディアは、AP通信、ロイター通信、AFP通信などに海外ニュースの多くを依存しています。自由化された情報伝達の領域で、資金、人員、経験、ネットワークのいずれにも勝る欧米諸国、特に米英仏のそれが影響力を持つことになったのは、当然といえば当然でした。

 

 しかし、それは同時に、これらのメディア企業が暗黙のうちに備えている、「自国にとってネガティブな話は控えめに、自国と対抗する勢力にとってネガティブな話は熱心に伝える『見方』」の影響下に、各国が置かれることをも意味します。特に英語が世界言語になりつつあるなかで、米英系メディアの優位は否定し難いものです。フランスでは2006年、海外向け英語放送フランス24が発足しましたが、これは2003年の国連安保理で行われた、イラク攻撃に反対するドビルパン仏外相(当時)の演説に、多くの開発途上国の外交官たちから拍手が沸き起こったシーンが、(自国政府が攻撃に賛成していた)米国CNNや英国BBCでほとんど伝えられなかったことへの反動でした。

 

 知が欧米諸国に握られやすい構図は、それと気付かれない形でメッセージを伝達する映画などのコンテンツ産業や、情報に意味づけをする学問の府である大学のうち、名だたるもののほとんどが欧米圏に偏在していることにもみられます。これらに鑑みれば、「表現の自由」がグローバル化することで国際的に情報の流通が自由化されればされるほど、欧米諸国のフィルターを通した情報や視点が流通しやすい状況になるといえるでしょう。換言すれば、「表現の自由」のグローバル化は、誰しもが意見表明の権利を保障される一方、既に高い情報発信力を持っている者、つまり競争力のある者の「ものの見方」が、世界各地で普及しやすい状況を正当化することをも意味するのです。

各国内の「知の格差」

 他方、表現の自由が「支配的な立場の強者が情報やイメージを通じて支配を強化する原理」に転じやすい状況は、国際的なシーンだけでなく、各国内部においてもみられます。今回の事件の舞台となったフランスを含む、現在のヨーロッパ諸国の内部におけるホスト社会と移民、とりわけムスリムとの関係において、それは顕著です。

 

 表現の自由が保障され、さらにインターネットの普及により、確かに個々人が情報を発信する機会は、これまでになく増加しました。ただし、その一方で、ネット世界においてもニュース配信は、やはり新聞社やテレビ局など既存メディアに依存せざるを得ません。つまり、ネット普及によって情報発信力のギャップは多少なりとも埋まったとはいえ、やはり既存メディアの発信力は絶大なものがあるといえます。そして、巨大企業であることが多い既存メディアは、ほぼ必然的に、その社会の主流派に近い人間によって構成されます。ヨーロッパ各国でいえば、仮に白人キリスト教徒でなくても、それが中心を占める社会秩序に親和的な人間が多くなったとしても、不思議ではありません。つまり、「表現の自由」が個々人に保障されていても、それを実際に発信できる力においては、社会の主流派と傍流の間に大きな格差があることは確かです。

 

 30年以上前の1981年に出版された『イスラム報道』において、サイードは一本の映画についてのエピソードを紹介しています。1980年に英国人監督によって制作された『王女の死』は、サウジ王家の王女の一人が身分の違いを超えて一人の男性と恋におち、しかしそれが王家の慣習に反したことで、二人とも処刑された実話に基づくドキュメンタリー映画です。これを米国PBSテレビが放送する段になり、サウジ政府が不快の念を発表し、それを米国務省が(ご丁寧に)PBSに伝えたがため、かえって欧米世界での関心を大きくしました。

 

 サイード自身はこのフィルム公開に賛成しながらも、その一方でムスリムでない監督によって描かれたこの映画により、ムスリムが言いたいことも言えないままに、欧米諸国で「残酷な」イスラム流刑罰のイメージを助長したと述べます。「フィルムの製作者とPBSがきづくべきだったことがある。それはムスリム世界や第三世界の人は誰もが承知していることだが、フィルムの内容がどうであろうと、フィルムの製作、つまり情景を映像にする行為そのものが、いわゆる文化的力、この場合は西洋の文化的力に由来する特権なのである。…つまり、ニュースや映像を実際につくって配信すること自体、お金よりも強力であった。サウジ政府は…『いや、実はそうではないのだ』とか、『それはこうなんだ』と述べることも可能である。もちろん、それを効果的にいう方法があり、さらに立ち上がってそれを主張する場所があることが条件になる。サウジの公式スポークスマンにとっては、そんな方法も場所もなく、ただひたすらフィルムの放映を頭から阻止するという文化的に信用を失う道をとるほかなかった。」(サイード, pp.96-98)

 

 この状況は、今のヨーロッパ各国の社会においても、ほぼ同様といえます。ムスリム系市民にも、もちろん表現の自由は保障されています。しかし、主だった新聞社やテレビ局に近いホスト国社会の主流派と比較して、情報やものの見方を発信する実質的な機会は、小さいと言わざるを得ません。そのなかで、特定の文化集団を対象に、それを揶揄するような風刺が大手新聞社に掲載されることは、確かに表現の自由に基づくものでしょうが、それは少数者や弱者の立場からすれば、「多数者あるいは強者の横暴」と映っても不思議でありません

慎みある表現の自由は可能か

 念のために繰り返せば、丸腰の民間人をいきなり銃撃するようなテロは容認されるべきでありません。また、権威や権力をもたない人間が、それぞれの思想・信条を理由に抑圧されないようにするために、表現の自由は最大限に尊重されるべきと思います。

 

 しかし、他方であらゆる原理がそうであるように、表現の自由にも複数の顔があります。絶対的に「表現の自由」を尊重する立場からすれば、イスラームへの揶揄に憤慨するムスリムに対して、「異論があるなら、お前たちもキリスト教社会を風刺すればいい」と言い放つことにさえなり得ます。しかし、ヨーロッパ各国におけるムスリム団体が、腕のいい風刺漫画家を雇い、大手の広告代理店と契約し、新聞社などのメディア企業を運営しながらホスト社会を揶揄することは、実際問題としてほぼ不可能です。それと知りながら、表現の機会を多く持つ社会的強者あるいは多数派がそれを強調するとき、それは弱者あるいは少数派に対する、ただの挑発や侮辱、さらには抑圧にさえなり得ると言えるでしょう。

 

 恐らく、今後ともイスラームに対する風刺は欧米世界でなくならないとみられます。それを自粛して「暴力に屈した」とみなされたくないという心理が働くことも、充分に予想されます。しかし、強者の論理を内包する表現の自由をひたすら振りかざすことは、正面から欧米諸国と敵対するテロリストだけでなく、欧米諸国との、あるいはそのなかでの共存を望むムスリムとの確執を深める以外の効果を想定しにくいのです。同様のことは、特定の民族や人種に対するヘイトスピーチやヘイトクライムなどが横行する、日本を含む各国についてもいえるでしょう。

 

 先述の「王女」エピソードに関して、サイードは以下のように述べています。「『王女』のフィルムの事件が起き、『われわれ』が『かれら』の偽善と腐敗を、声を大にして嘆いた時、『かれら』の側では『われわれ』の力と無神経に憤慨したのだ。そのような対立が、さらに、『われわれ』と『かれら』の間の議論の溝を広げたため、真の討論や分析や交流は事実上、問題外となってしまった。こうして、ムスリムのアイデンティティは『西洋文明』という一枚岩の勢力圏との会戦に敗北することにより、強化される傾向にある」(サイード, p.161)



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